夜と世の物語【12】
祭りの夜、一人で夜道を歩く女を見た。小石を蹴りながらふらふらと歩いている。
はじめは酔っぱらってるのかと思ったがどうもそういう様子じゃなさそうだ。
少し心配だったんで付いて行ってみた。
小柄で華奢だが、痩せすぎているわけじゃない。歳はわからん。
ん、なにやら立ち止まっている。まさかアヘンやらの薬をやってるんじゃないだろうな!それとも自殺か?
どっちにしても放っておくわけにはいかないと思った。何故かはわからん。でも思った。暗がりで声をかけると驚かせてしまうから肩を叩こう。
殴られた。思い切り。顔面だ。ひりひりする上にたぶん明日までは手形は消えねえだろう。いてえ。いてえ。
薬や自殺じゃなさそうだが、本当になんだったんだ。
なんにせよ女を怒らせたんだ。詫びをいれないとな。
夜と世の物語【11】
男は親切心から彼女に近づいたようであった。しかし彼女の表情はまだ戻らない。
これまでひっそりと、だれにも邪魔をされないように夜の暗闇に溶けていたのにそれを邪魔された。これは彼女にとってあまり嬉しくない状況のようである。
「いやぁ、本当に悪かったよ。」男が両手を合わせて謝罪している。
「謝るのはいいの。もう戻れないから。」彼女は冷たく言う。
「え?」と男が顔を上げるのが早いか彼女は踵を返して祭りの賑やかさに戻ろうとした。すると「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあ何かお詫びさせてくれ。」と男は彼女に付いてきた。もう一発ひっぱたけば帰るかもしれないと思いながら彼女は「友達が待ってるから」と言う。
男は「それならその友達も呼ぶといい。」とあっけらかんと言う。
彼女の働いている酒場では伊達をはじめ様々な男が来るがここまで図太い神経の持ち主は初めてだった。
夜と世の物語【10】
彼女は肩に触れた手を払いのけると振り向きざまに掌を大きく振りかぶり手の主を叩いた。
バチンと鈍い音がした。どうやら主の顔面に綺麗に当たったらしい。
手応えと共に「ぶへえ!」と情けない声が聞こえた。
彼女は普段あまり感情を表に出さないが、自分のペースを乱されると不機嫌になる。そもそも彼女が自分のペースを作り出すこと自体はあまりないのだが。
手の主はそんな珍しい状況に遭遇してしまった。
彼女は若干不機嫌な様子で暗闇の手の主を確かめようとした。
暗闇に目が慣れてきて見えた主の招待は坊主頭の男であった。
額に小さな傷があるがそれは彼女がつけたものではないようだ。
「なに?・・・なんですか?」彼女が怪訝な表情で問いかけると男は顔面を擦りながら「いや、女の子がこんな暗い所に一人でいるもんでどうしたかと思っただけだ。いきなり声をかけて驚かすのも悪いしな。」と言う。
夜と世の物語【9】
暗い夜の闇の中、ネオン街の目が眩む明かりではない、提灯やガス灯の明かりで夜市は満たされていた。
市場には屋台が立ち並び、人々は活気に満ちていた。
そんな祭りに似た、独特の雰囲気の中、彼女と里子は買う物を物色していた。
里子は店に着けていく髪飾りを、彼女は食料を買うことが主な目的だったが、夜市の雰囲気は彼女たちをそれだけで帰さなかった。
屋台のなにもかもが魅力的であり、必要な物に見えた。
もちろん、それが夜市の狙いでもあるのだろう。屋台の店主たちは彼女たちに自慢の商品をどんどん宣伝していく。
しかし、持ち合わせの金は限られている。彼女たちも強かに値切りの交渉を行う。
里子の髪留めの値切り交渉に熱が入り始めた頃、そんな空気に飽き始めた彼女は屋台の群れを離れた。
石を蹴り転がしながら、石が転がった方向に進んでいくと、段々と人気が少ない方へ向かっていった。
ふと顔を上げると屋台の明かりからはだいぶ離れてしまっていた。
早く戻らなければ里子にどんな小言を言われるかわかったものではない。
だが、彼女は今、一人で夜に紛れていた。
彼女は目を閉じる。木々が風で揺れている音がする。人々の喧騒が段々と遠ざかっていく。夜の暗がりに彼女の意識が溶け込んでいく。
その時だった。暗がりから大きな手のひらが彼女の肩に触れた。
夜と世の物語【8】
ドアをけたたましく叩く音で彼女は目が覚めた。
「しまった。」と言い彼女は時計を見た。
すでに夜の7時を回っていた。いくら夏が近づいているとはいえ外はすっかり暗くなっていた。
ドアを開けるとイライラした様子の里子が立っていた。
「あんたが行きたいって言ったからこっちは付き合ってるんだけど。」とぶっきらぼうに言うのを見て「ごめん。すぐ支度する。」と言い彼女は再びドアを閉めた。
今日は彼女たちの休みの日であり、夜市にいく約束をしていたのだ。
寝ぼけ眼をこすりながら彼女は歯を磨き、顔を洗い、支度をした。
夜市までの道で里子は彼女を待っている間に家事や身の回りのことをできたとくどくど浴びせた。
里子ははっきりとものを言う。非常に口の立つ女であった。
彼女はそんな里子といるとなんだか居心地が良い気がした。
普段から自分や周りのことを気に留めない彼女にとって、自分や周りを気にする里子は珍しい存在であった。
整備されていない夜の道はそこらじゅうに小石が落ちており、手ごろな石を蹴って転がしながら彼女は里子の愚痴に近い話を聞いていた。
夜道の先には夜市の明かりがぼんやりと幻想的に光っており、人々のざわめきが聞こえていた。