夜と世の物語【11】

男は親切心から彼女に近づいたようであった。しかし彼女の表情はまだ戻らない。

これまでひっそりと、だれにも邪魔をされないように夜の暗闇に溶けていたのにそれを邪魔された。これは彼女にとってあまり嬉しくない状況のようである。

「いやぁ、本当に悪かったよ。」男が両手を合わせて謝罪している。

「謝るのはいいの。もう戻れないから。」彼女は冷たく言う。

「え?」と男が顔を上げるのが早いか彼女は踵を返して祭りの賑やかさに戻ろうとした。すると「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあ何かお詫びさせてくれ。」と男は彼女に付いてきた。もう一発ひっぱたけば帰るかもしれないと思いながら彼女は「友達が待ってるから」と言う。

男は「それならその友達も呼ぶといい。」とあっけらかんと言う。

彼女の働いている酒場では伊達をはじめ様々な男が来るがここまで図太い神経の持ち主は初めてだった。